スキップしてメイン コンテンツに移動

ハイキングのお供に ― オリエント マコグリーン

気象予報のニュースでは、今週末から桜の開花ラッシュが始まるという。
いよいよ春が間近に迫っている。

この季節、私は親の墓参りのついでに、帰路はハイキングがてら山歩きをするようにしている。
ハイキングとはいえ、場所によっては足元が不安定な山道だ。
山歩き用に登山杖を買ったくらいには、なかなかにハードである。

山歩きの最中、時間を知るためにスマホを取り出すのはスマートではない。
やはりこういう時は、腕を上げるだけで時間が分かる腕時計という道具は便利である。

そんなハイキングの風景に、とてもよく似合う時計がある。
オリエントのマコグリーン(RN-AA0811E)だ。

光の当たり方で表情が変わるブルーグリーングラデーションの文字盤。
この美しい色味が、山の緑豊かな景色に映えないはずがない。

インデックスの焼け色加工も絶妙で、まるで長年付き合って来た相棒のような表情を醸し出す。

だが、実際にハイキングで腕に巻いているのは別の時計である。
現実の相棒は、カシオ MRW-200HJ-1BJHである。
​山歩きのメイン機は、もっぱらこれだ。

安価で軽く、防水性能は10気圧。デイデイト機能に回転ベゼルまで備えている。
実用面では十分すぎる性能である。

懸念点としては素材面だろう。
ケースからバンドまで樹脂製で、長く使えば加水分解は避けられない。
電池寿命は約3年となっているが、
Amazonでのレビューなどでも電池が切れる前にバンドが加水分解でちぎれ、本体ごと買い直すことになるパターンが多いようだ。
とはいえ、この価格であれば消耗品と割り切れる範囲でもある。

余談だが、この手の安価な時計を日常的に使っている人は、腕時計をつけたまま風呂やサウナに入っていそうだという偏見を、筆者は持っている。

「10気圧防水だからサウナも余裕!」などと得意げなレビューを見かけることもあるが、防水性能と耐熱性能は全くの別物である。
このあたりは誤解されがちだが、別問題として考えた方がいい。
腕時計は精密機器だ。熱膨張による部品のわずかな歪みが、致命的なダメージになりかねない。

かつてオメガのシーマスターで、リューズを締め忘れて浸水させてしまったことがある私が言う。
腕時計をしたまま風呂に入るのはやめておいた方がいい。

原点としてのタイメックス


話を戻そう。
このカシオを手に入れる前、山歩きの相棒だったのはタイメックス エクスペディションだった。
​思えば、これが私の時計趣味の始まりだったのかもしれない。
いかにも「フィールドウォッチ」という風貌で、雰囲気だけは最高だった。
しかし、実用性は正直物足りない。

5気圧防水はアウトドア用途では心許なく、カレンダーは日付のみ。文字盤が光るインディグロライトも、日が暮れる前に下山する私には使い道がない。
たまに光らせて電池残量の確認をするぐらいである。

​山歩きで筆者が最も使う機能といえば、やはり回転式ベゼルだろう。
一般的には「分針(長針)」に合わせて使うが、計測時間が1時間を超えることが多い私の場合、「時針(短針)」に合わせるようにしている。

​実は、一般的な中三針の時計は短針だけでも時間が読めるようにできている。
アワーインデックスの間にある4つのミニッツマーカーを読み解けば、「12分・24分・36分・48分」という単位でおよその時刻が判るのだ。
(例えば、短針が2と3の中間にあれば14時30分、4つ目のマーカー付近なら14時50分、といった具合だ)
下山に1時間以上かかるコースでも、ベゼルを短針に合わせておけば、大まかな経過時間が一目で判る。
私はこの機能を「減煙の見える化」に活用しているが、山歩きにおいてもこの「短針計測」は活用できるのである。

結論:私は、どうしようもない小心者である

​ここまで書けば、機能・デザイン共にマコグリーンがいかに山歩きに適しているか、ご理解いただけたことだろう。

だが、読者諸君はまだ「私」という人間を知らない。
​私は、筋金入りの小心者で貧乏性なのだ。

傷が付くことを覚悟の上で、この時計を山に連れて行く気にはなれない。
転倒でもして傷だらけになるなど、断固として嫌だ。考えたくもない。

​「タイトル詐欺」と罵られても甘んじて受け入れよう。

そんなわけでハイキングでは、まだもうしばらくの間、カシオ MRW-200HJに「泥を被る役」として活躍してもらうことになりそうだ。
マコグリーンとは、もう少し安全な場所で付き合うことにして。

コメント

このブログの人気の投稿

はじめに ― 身の丈の道具録を始めます

■ 道具と向き合う記録として 50代になり、ふと時計の本数や靴の数を数え直すことが増えました。 気づけばそれなりに集まり、それなりに使ってきた道具たち。 けれど最近は、 「これは本当に今の自分に合っているのか?」 と考える時間が多くなりました。 最新の流行を追うわけでもなく、 かといって、ただ増やして満足するのでもなく。 今の自分の生活にとって“ちょうどいい”道具は何か。 それを確かめながら、少しずつ整えていく。 その過程を記録する場所として、このブログを始めます。 ■ 綴っていくこと 主にこんなことを書いていくつもりです。 ・腕時計:国産腕時計中心。セイコー、シチズン、オリエント、カシオ。 ・革靴:革靴のメンテナンスやエイジングなどの記録。ワークブーツ多め。 ・文房具:万年筆、ボールペン、手帳など。 ・熱帯魚飼育:水槽という小さな世界の管理とその試行錯誤。 これらに加えて、趣味の「ウマ娘」の育成やアニメ視聴といった、日々の暮らしの彩りについても、独自の視点で少しずつ触れていければと思っています。 どれも、派手さはありません。 けれど、自分の時間を静かに支えてくれているものばかりです。 ■ このブログのスタンス ここではスペックの網羅や速報性は重視しません。 あくまで一人の使用者として、 使って 迷って 手入れして 納得して その過程を残していきます。 正直に言えば、どこまで続くかは分かりません。 ですが、10年後に読み返して「悪くない記録だ」と思えたら、それで十分です。 ゆっくり、身の丈で続けていきます。

減らしている途中で、一軍を1本増やす

減らしている最中なのに、来月1本増やすつもりでいる。 しかも一軍枠。 選んだのは、 デイデイト付き3針クオーツ、セイコーのSBTH007。 理由は単純だ。 価格とバランスがちょうどいい。 背伸びでもない。 試しでもない。 今の生活にちょうどいい。 白文字盤、視認性、ステンレスブレス、日付・曜日表示。 派手さはないが、隙もない。 これで腕時計趣味の“あがり”に至る人もいるらしい。 似た立ち位置の時計はすでに持っている。 二軍のSARV001と、一軍のNB1050-59Aで、どちらも駆動方式は機械式だ。 ただ、SARV001は42mm。 手首15cmの自分にはやや大きい。 SBTH007の37.4mmは、無理がない。 風防も違う。 SBTH007は内面無反射サファイア。 SARV001はハードレックス。 NB1050-59Aは38mmでサイズ感は近く、 サファイアも同じ。 違いは曜日表示と駆動方式だ。 曜日は、なくても困らない。 曜日など些末なことと割り切るのもいいかもしれない。 だが、あると確実に楽だ。 貴重な脳のリソースを些末なことに割くなど許しがたい。 塵も積もれば何とやらである。 そしてクオーツ。 複数本を回す今の自分には、 止まらないことは正義になる。 減らすとは、何も買わないことではない。 役割が明確な1本を、迷いなく一軍に入れること。 もしこれが失敗なら、 それは好みではなく見栄だったということだ。 たぶん今回は違う。 たぶん。

“ものは試し”が私を困らせる

気づけば、腕時計は20本近くになっていました。 好きで選んだものばかりです。後悔はありません。 とはいえ実際に使っているのは、せいぜい数本。 その数本を一軍と称するなら、その他の腕時計は二軍。 そして、その二軍にすらなれない腕時計たち。 役割が被っていて出番を失ってしまったり、 上位互換と言えるモデルを手に入れてから使わなくなった時計たち。 最近は「これらは本当に今の自分に必要か」と考えるようになり、 少しずつ手放し始めました。 なぜ将来的に不用となるものを、当時の私は買ってしまったのか。 その中には、いわゆる“ものは試し”で買った時計がいくつかあります。 たとえばチプカシであったり、チプシチ(Q &Q)と呼ばれている類のものです。 試してみたかった。 価格も手頃だった。 悪い時計ではない。 でも、今となってはほとんど使わない。 これらは手放そうと思っても、需要はほとんどなさそうです。 高価な時計ならまだしも、元値が安い時計ほど中古市場では動かない。 試すこと自体は悪くなかったはずなのに、 いま私を困らせているのは、その“試し”の積み重ねです。 ただ、その積み重ねは失敗ではない。 いや、やはり失敗かもしれない。 それでもその積み重ねの中から見えてくるものがあります。 私はノンデイトは好みではないらしいこと、3針のアナログを好むこと。 たとえばダイバーズ風ウォッチで比べると、 チプカシとチプシチではチプカシの着用頻度の方が圧倒的に多かった。 これは、デイデイト機能の有無の差が出た結果だと思います。 腕周り15センチという私の細腕には、 サイズ的にチプシチの方が合っていたし、 デザインもチプカシよりも好ましく思っていたのにです。 ほかの例だと、チプカシのデジタルウォッチ。 一度買って、もう買うまいと思いました。 知りたいのは何時何分ではなく、 「何時のどのくらいなのか」。 だいたいでいいんですよ。 パッと見て、直感的にすぐにそれがわかるかどうかが、 私には大事だったようです。 こんな感じで振り返りつつ、自分の好きや嫌いを、自分自身を見つめ直していく。 整理とは、物を減らすことではなく、 自分の判断の後始末なのかもしれません。 まだ途中ですが、脱皮のあとの抜け殻掃除をするごとく、 減らす方向へ進んでいます。