気づけば、腕時計は20本近くになっていました。
好きで選んだものばかりです。後悔はありません。
とはいえ実際に使っているのは、せいぜい数本。
その数本を一軍と称するなら、その他の腕時計は二軍。
そして、その二軍にすらなれない腕時計たち。
役割が被っていて出番を失ってしまったり、
上位互換と言えるモデルを手に入れてから使わなくなった時計たち。
最近は「これらは本当に今の自分に必要か」と考えるようになり、
少しずつ手放し始めました。
なぜ将来的に不用となるものを、当時の私は買ってしまったのか。
その中には、いわゆる“ものは試し”で買った時計がいくつかあります。
たとえばチプカシであったり、チプシチ(Q &Q)と呼ばれている類のものです。
試してみたかった。
価格も手頃だった。
悪い時計ではない。
でも、今となってはほとんど使わない。
これらは手放そうと思っても、需要はほとんどなさそうです。
高価な時計ならまだしも、元値が安い時計ほど中古市場では動かない。
試すこと自体は悪くなかったはずなのに、
いま私を困らせているのは、その“試し”の積み重ねです。
ただ、その積み重ねは失敗ではない。
いや、やはり失敗かもしれない。
それでもその積み重ねの中から見えてくるものがあります。
私はノンデイトは好みではないらしいこと、3針のアナログを好むこと。
たとえばダイバーズ風ウォッチで比べると、
チプカシとチプシチではチプカシの着用頻度の方が圧倒的に多かった。
これは、デイデイト機能の有無の差が出た結果だと思います。
腕周り15センチという私の細腕には、
サイズ的にチプシチの方が合っていたし、
デザインもチプカシよりも好ましく思っていたのにです。
ほかの例だと、チプカシのデジタルウォッチ。
一度買って、もう買うまいと思いました。
知りたいのは何時何分ではなく、
「何時のどのくらいなのか」。
だいたいでいいんですよ。
パッと見て、直感的にすぐにそれがわかるかどうかが、
私には大事だったようです。
こんな感じで振り返りつつ、自分の好きや嫌いを、自分自身を見つめ直していく。
整理とは、物を減らすことではなく、
自分の判断の後始末なのかもしれません。
まだ途中ですが、脱皮のあとの抜け殻掃除をするごとく、
減らす方向へ進んでいます。
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