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足元の道具 ― 革靴・ブーツ


腕時計、万年筆と話を続けてきたが、本来このブログは「日常的に使っている道具」について記す場所である。
革靴やブーツも、私にとっては毎日使う道具であり、実用品であり、同時に趣味の対象でもある。

近年、スニーカーの人気はやや落ち着いてきたように感じる。
もっとも、スニーカーの全盛期においても私は頑なに革靴やブーツを選び続けてきた。

スニーカーが嫌いというわけではない。
ただ、履き潰して終わる前提の履物という印象が強い。
つまり、使い捨ての消耗品である。

気に入ったものを手入れしながら、できるだけ長く使い続けたい。
そう考える自分にとって、スニーカーという道具はどこか方向性が違っていた。

また、お気に入りといえども「一足を毎日履き続ける」というのもいただけない。

道具は使えば消耗する。
長く使うためには、ある程度のローテーションが必要になる。
革を休ませ、湿気を逃がし、順番を入れ替える。
その手間こそが、道具と長く付き合うための作法だと思っている。

そのあたりの話も、これから少しずつ書いていくつもりだ。

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はじめに ― 身の丈の道具録を始めます

■ 道具と向き合う記録として 50代になり、ふと時計の本数や靴の数を数え直すことが増えました。 気づけばそれなりに集まり、それなりに使ってきた道具たち。 けれど最近は、 「これは本当に今の自分に合っているのか?」 と考える時間が多くなりました。 最新の流行を追うわけでもなく、 かといって、ただ増やして満足するのでもなく。 今の自分の生活にとって“ちょうどいい”道具は何か。 それを確かめながら、少しずつ整えていく。 その過程を記録する場所として、このブログを始めます。 ■ 綴っていくこと 主にこんなことを書いていくつもりです。 ・腕時計:国産腕時計中心。セイコー、シチズン、オリエント、カシオ。 ・革靴:革靴のメンテナンスやエイジングなどの記録。ワークブーツ多め。 ・文房具:万年筆、ボールペン、手帳など。 ・熱帯魚飼育:水槽という小さな世界の管理とその試行錯誤。 これらに加えて、趣味の「ウマ娘」の育成やアニメ視聴といった、日々の暮らしの彩りについても、独自の視点で少しずつ触れていければと思っています。 どれも、派手さはありません。 けれど、自分の時間を静かに支えてくれているものばかりです。 ■ このブログのスタンス ここではスペックの網羅や速報性は重視しません。 あくまで一人の使用者として、 使って 迷って 手入れして 納得して その過程を残していきます。 正直に言えば、どこまで続くかは分かりません。 ですが、10年後に読み返して「悪くない記録だ」と思えたら、それで十分です。 ゆっくり、身の丈で続けていきます。

減らしている途中で、一軍を1本増やす

減らしている最中なのに、来月1本増やすつもりでいる。 しかも一軍枠。 選んだのは、 デイデイト付き3針クオーツ、セイコーのSBTH007。 理由は単純だ。 価格とバランスがちょうどいい。 背伸びでもない。 試しでもない。 今の生活にちょうどいい。 白文字盤、視認性、ステンレスブレス、日付・曜日表示。 派手さはないが、隙もない。 これで腕時計趣味の“あがり”に至る人もいるらしい。 似た立ち位置の時計はすでに持っている。 二軍のSARV001と、一軍のNB1050-59Aで、どちらも駆動方式は機械式だ。 ただ、SARV001は42mm。 手首15cmの自分にはやや大きい。 SBTH007の37.4mmは、無理がない。 風防も違う。 SBTH007は内面無反射サファイア。 SARV001はハードレックス。 NB1050-59Aは38mmでサイズ感は近く、 サファイアも同じ。 違いは曜日表示と駆動方式だ。 曜日は、なくても困らない。 曜日など些末なことと割り切るのもいいかもしれない。 だが、あると確実に楽だ。 貴重な脳のリソースを些末なことに割くなど許しがたい。 塵も積もれば何とやらである。 そしてクオーツ。 複数本を回す今の自分には、 止まらないことは正義になる。 減らすとは、何も買わないことではない。 役割が明確な1本を、迷いなく一軍に入れること。 もしこれが失敗なら、 それは好みではなく見栄だったということだ。 たぶん今回は違う。 たぶん。

“ものは試し”が私を困らせる

気づけば、腕時計は20本近くになっていました。 好きで選んだものばかりです。後悔はありません。 とはいえ実際に使っているのは、せいぜい数本。 その数本を一軍と称するなら、その他の腕時計は二軍。 そして、その二軍にすらなれない腕時計たち。 役割が被っていて出番を失ってしまったり、 上位互換と言えるモデルを手に入れてから使わなくなった時計たち。 最近は「これらは本当に今の自分に必要か」と考えるようになり、 少しずつ手放し始めました。 なぜ将来的に不用となるものを、当時の私は買ってしまったのか。 その中には、いわゆる“ものは試し”で買った時計がいくつかあります。 たとえばチプカシであったり、チプシチ(Q &Q)と呼ばれている類のものです。 試してみたかった。 価格も手頃だった。 悪い時計ではない。 でも、今となってはほとんど使わない。 これらは手放そうと思っても、需要はほとんどなさそうです。 高価な時計ならまだしも、元値が安い時計ほど中古市場では動かない。 試すこと自体は悪くなかったはずなのに、 いま私を困らせているのは、その“試し”の積み重ねです。 ただ、その積み重ねは失敗ではない。 いや、やはり失敗かもしれない。 それでもその積み重ねの中から見えてくるものがあります。 私はノンデイトは好みではないらしいこと、3針のアナログを好むこと。 たとえばダイバーズ風ウォッチで比べると、 チプカシとチプシチではチプカシの着用頻度の方が圧倒的に多かった。 これは、デイデイト機能の有無の差が出た結果だと思います。 腕周り15センチという私の細腕には、 サイズ的にチプシチの方が合っていたし、 デザインもチプカシよりも好ましく思っていたのにです。 ほかの例だと、チプカシのデジタルウォッチ。 一度買って、もう買うまいと思いました。 知りたいのは何時何分ではなく、 「何時のどのくらいなのか」。 だいたいでいいんですよ。 パッと見て、直感的にすぐにそれがわかるかどうかが、 私には大事だったようです。 こんな感じで振り返りつつ、自分の好きや嫌いを、自分自身を見つめ直していく。 整理とは、物を減らすことではなく、 自分の判断の後始末なのかもしれません。 まだ途中ですが、脱皮のあとの抜け殻掃除をするごとく、 減らす方向へ進んでいます。